SERIES連載記事

大杉神社の天狗様(稲敷市)

 むかし、利根川や霞ヶ浦を高瀬舟*1と呼ばれる川舟が荷物をたくさん積んで行き来していた頃の話です。

江戸からの下り荷を積んだ一艘の高瀬舟が利根川の難所の一つ「早瀬のうず」に差しかかったとき、このあたりで「かまいたち」といわれる雨を呼ぶ竜巻が近づいて来たのです。

船には船頭二人と船頭の手伝いをする船子の松吉が乗っておりました。船頭たちは大急ぎで船の転覆を避けるための手あてをし、子供の松吉には、セジ*2の中に入って大杉の天狗*3さまに祈るよう命じました。

セジには神棚があり、水上安全の神さまである大杉神社の御札が納められていたからです。でも、松吉はみんなが楽しみにしている大杉神社の夏祭りのための積み荷を守りたい一心から、荷のそばを離れようとしませんでした。

やがて、すさまじい強風が船を襲い、松吉は荷物もろとも川に放り出されてしまったのです。松吉は荒波にもまれ、流されながらも必死で荷物にしがみついておりました。そのとき、突然、松吉の流れ行く先の水がぐんぐんせり上がりはじめました。驚いて上を見やると、山伏*4姿の天狗が宙に浮いていたのです。「松吉、溺れながらも荷物を守り続けるとは感心な子だ。小さいながらも船頭の鑑*5じゃ。わしが竜巻を鎮めてやろう。」

天狗が差し出した長い棒を松吉がつかむと同時に風はぴたりと止み、波もおだやかな状態にもどっておりました。天狗に助けられた松吉はその後、感謝の気持ちを持ち続け、利根川一の船頭になったのだそうです。

この話の大杉神社は稲敷市阿波にある大杉神社(阿波本宮大杉神社)で、通称「あんば様」の名で知られ、むかしから水上航路の安全を守る神、また疫病除けの神さまとして広く信仰を集めてきました。

この様な天狗伝説が残るのは、むかし、大杉神社の別当寺*6である安穏寺に一時滞在した常陸坊海存(海尊)に因るところが大きいといわれます。というのは、海存が数々の奇跡を起こして人々を驚かせただけでなく、人並み外れた大きな体で、高い鼻、青い目、紫がかった髭という容貌だったからです。人々は海存を大杉大明神に仕える天狗に違いないと噂し、やがてそれが天狗信仰に発展していったようです。

現在も大杉神社の拝殿には大小様々の天狗面の奉納額や絵馬がたくさん掛けられており、当時の人々の信仰の深さをうかがわせます。

他にも、安穏寺が大杉神社に奉納するため、江戸に注文していた大きな造花を一夜のうちに運んだという「天狗藤助」という伝え話も残っています。



 
*1 高瀬舟
古代から近世まで広く各地の河川で用いられた、舳先が高く上がり底が平らな小型の箱型運送船。近世、利根川水系に就航したものだけは大形で別格。
*2 セジ
千石船のセイジの間(炊事の間のなまり)から取り入れられたものか。船上に屋根をかけた炊事や食事用の居室。
*3 天狗
想像上の怪物。姿は人に似て、深山にすみ、鼻が高く赤い顔をし、翼があって自由に空中を飛ぶという。
*4 山伏
山野に寝起きして修行する僧。修験道を修行する者。修験者。
*5 鑑
手本・模範。
*6 別当寺
神社境内に建てられ、別当が止住し、読経・祭祀・加持祈祷とともに神社の経営管理を行った神宮寺の一。

 
参考資料
「大杉神社ホームページ」
「民話でつづる霞ヶ浦」(仲田安夫著)
「桜川村史考Ⅵ・Ⅷ・Ⅸ」(桜川村史編さん委員会)
「常陽藝文1997/5月号」(財団法人常陽藝文センター)
「高瀬船」(渡辺貢二著)

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