ふるさとの昔ばなしシリーズ 石岡市

菖蒲沢の薬師様

むかし、汲上村(現在の鉾田市・旧大洋村)に、貧しいけれども正直で働き者の漁師がおりました。

ある日、海に出て網で魚をとっていると、いつもとは違う強い手応えがありました。
ずっしりと重いので大物がかかったかと期待して引き上げると、それは50センチメートルほどの仏像だったのです。漁師は不思議に思いながらも仏像を家に持ち帰りました。

その晩のこと、漁師の夢の中にその仏像があらわれ、「私は、この世から病気をなくすため天竺*1からやって来た薬師如来*2である。ここは海に面した東の果て。もっと国中を見渡せる所に行きたい。すまぬが、西の方の高い山に連れて行ってもらえぬか。」というのです。

夜が明けると、漁師は夢の中でのお告げどおり、仏像を背負い西へ向かって歩き出しました。ところが、仏像は大きさの割にとても重く、あまりの重さにだんだん歩くのがつらくなってきたのです。

見かねた薬師様が、「私を背負って歩くのは大変であろう。歩かなくてもよいよう力を貸そう。」というと、急に漁師の体が軽くなり、フワリと宙に浮いたのです。そして、しばらく空を飛び続けて、筑波山の尾根*3のはずれ、菖蒲沢(石岡市・旧八郷町)近くの岩の上に着きました。

そこで漁師は、ちょっと一休みしようと思い、「よいとこさ。」といって腰をおろしました。すると、それを聞いた背中の薬師様が、「なるほど、よいところだ。では、ここにしよう。」といい、漁師の背中からその場所におり立ったのです。

漁師からこの話を聞いた村人たちはさっそくお堂を建て、薬師様をおまつりしたということです。その後、『菖蒲沢の薬師様』と親しまれ、多くの人々の信仰を集めました。

現在、菖蒲沢薬師如来堂は菖蒲沢公民館の先にある細い登山道を歩いて25分ほど進んだひっそりとした森の中に静かなたたずまいを見せています。お堂の中には二度の火災から焼失を免れた薬師如来像が納められています。







 
*1 天竺
日本・朝鮮・中国で、インドの古称。
*2 薬師如来
衆生のあらゆる病気・災難を取り除くという如来。脇侍の日光・月光菩薩と共に、薬師三尊という。普通、左手に薬壺を持つが、古くは通常の如来形に造られた。朝観音・夕薬師といわれるほど庶民に信仰された。
*3 尾根
山頂から山頂へと連なる部分。山の峰続き。山の稜線。


参考資料
「八郷町の昔ばなし」(仲田安夫著)
「茨城の伝説」(茨城民俗学会編)
「茨城県の民話と伝説」〈下〉(藤田稔著)