ふるさとの昔ばなしシリーズ 那珂市

たっつぁいと狐

  ある冬の寒い夜、額田村(現在の那珂市)のたっつぁいは、人を化かす狐が出るという池のほとりにやってきました。

 (今夜も冷えこみそうだ。ひとつ、いたずら狐をこらしめてやるか。)


 たっつぁいは、池で大きな鯉*1を釣り上げると、鯉に麻糸を結んで池にもどし、糸のもう一方の端を自分の帯に結びつけました。


 そして、後向きになってしゃがんでいると、やがて一人の若者があらわれて親しげに話しかけてきたのです。


 「たっつぁいさん、そんな格好で何をしてるんですか。」 「鯉を釣っているんだ。」と答えると、若者はけげん*2な顔でじっと見ているのです。


 そこで、たっつぁいは勢いよくでんぐり返り*3、いかにも今釣り上げたかのように鯉を引き上げて見せました。


 若者は目を丸くしておどろき、釣り方を教えてくれと頼みました。


 たっつぁいが「これは爺さまから教わったことで、めったに他人には教えられない。」と断ると、若者は小判*4をさし出したのです。


 小判を受け取ったたっつぁいは、「爺さまに聞いた話なんだが、鯉の大好物は狸か狐のしっぽの毛だそうだ。これは爺さまが残してくれたもので、なかなか手に入らないんだが、狐の毛が一番いい。」と犬のしっぽの毛を見せて帰っていきました。


 たっつぁいの姿が見えなくなると、若者は狐の姿にもどり、(いいことを教えてもらった。これで大好きな鯉が腹いっぱい食べられるぞ。)と、うれしそうにしっぽを水に入れました。


 それからしばらくして、狐はもう鯉がかかった頃かとしっぽを引き上げようとしましたが、重くて動かないのです。狐は大物が釣れたと喜んで力まかせに引っぱりましたが、それでもビクともしません。池はいつの間にか厚い氷におおわれ、狐のしっぽも凍りついてしまっていたのです。


 東の空が明るくなると、たっつぁいが犬をつれてやってきました。狐は犬が大の苦手。逃げようと死にものぐるいでしっぽを引っぱったので、付け根からちぎれてしまい、泣きながら山に帰っていきました。


 それ以来、このあたりでは狐に化かされることはなくなったということです。



*1 鯉
コイ科の大形の淡水魚。口は小さく、二対のひげを持つ。急な流れのない泥底の川や池を好む。日本では食用・観賞用として珍重され、また立身出世の象徴とされる。
*2 けげん(怪訝)
不思議で合点の行かぬさま。
*3 でんぐり返し
手を地につき、前方または後方にひっくり返って起きること。
*4 小判
天正(1573~92年)頃から江戸末期まで使用された薄い楕円形の金貨または銀貨。その一枚は一両に相当。


参考資料
「常陸のたっつぁい噺」那珂町額田の民話(大録義行編)