ふるさとの昔ばなしシリーズ 鉾田市

狐と赤ん坊

むかし、飯島村(鉾田市飯島)に大塚おまんという狐がおりました。

ある日、おまんが大蔵村(鉾田市大蔵)の稲荷*1のそばを通りかかると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくるのです。

近づいて見ると、双子の男の赤ん坊が捨てられていました。

おまんは、青塚村(鹿嶋市青塚)のおせんという妹狐に相談し、それぞれ一人ずつ育てることにしました。

それから何年かして、おまんとおせんは子どもたちの将来を思い、飯島村と青塚村の名主*2に子どもの養育を頼むことにしました。狐は女に化けると、それぞれ子どもをつれて名主のところに行き、由緒ある人の子なので育てていただきたいとお願いしたのです。

やがて、男の子たちは、たくましい若者に成長して漁師になりました。

二人とも才能に恵まれ、海の色を見て魚の群れを探す「沖合い」*3という重要な仕事を任されるようになりました。二人が「沖合い」になってからはイワシの豊漁続き*4でした。魚ではち切れそうな網が引き上げられるたびに大きな歓声があがり、浜は活気づきました。

そんなとき、毎日どこからか浜にやって来ては、網の魚を持っていく女がいるのです。
「あの女はいったい何ものなんだ。このあたりじゃ見かけない女だ。」 
「きっと狐の仕業にちがいない。今度来たら、とっちめてやろう。」
ある日、何も知らずにやって来た女は、待ちかまえていた漁師たちに追い払われ、あくる日からは姿を見せなくなりました。

ところが、それからというもの、イワシがまったく獲れなくなってしまったのです。そして、二人はその責任を取らされ、「沖合い」の仕事から外されてしまいました。

それからしばらくたったある夜、飯島村と青塚村の名主の夢枕*5に不思議な老人があらわれ、「これまでの豊漁は、おまんとおせんという姉妹狐のおかげである。すべて元どおりにすれば、また豊漁になるであろう。」と告げて消えてしまいました。

そこで、名主たちが二人を「沖合い」の仕事にもどすと、夢のお告げどおりにまた豊漁が続くようになりました。それ以来、漁師たちは、おまんとおせんに感謝の気持ちを込めてイワシを供えるようになったということです。

 


 

 

*1 稲荷
稲または農耕をつかさどる倉稲魂(うかのみたま)の神。または、その神を祭った神社。狐が稲荷の神の使いという俗信がある。
*2 名主
村名主は、江戸時代、郡代・代官の支配を受け、または大庄屋の下で一村内の民政をつかさどった役人。身分は百姓。主として関東地方での称で、関西では庄屋、北陸・東北では肝煎(きもいり)といった。
*3 沖合い
海上で漁船の行動や漁労作業を指図する者。
*4 豊漁
魚がたくさんとれること。大漁。
*5 夢枕
夢を見たときの枕のそば。
 

参考資料
「茨城県の民話と伝説」・「いばらきのむかし話」(藤田稔著)
「水郷の民俗」(堤一郎著)