ふるさとの昔ばなしシリーズ 日立市

義家奉納の白い馬

 平安後期の武将 八幡太郎義家(源義家)*1が、前九年の役*2(一〇五一~一〇六二年)・後三年の役(一〇八三~一〇八七年)を平定するため、常陸国を経由して奥州を行き来しました。そのため、道筋に当たる県内各地には義家にまつわる伝説がたくさん残っています。

日立市にも義家伝説は多く、第50話では日立市十王町の竪破山の「太刀割石」を紹介しました。今回は日立市森山町の吉田神社にまつわる白馬の話です。

むかし、源義家が大軍を率いて奥州討伐*3に向かう途中、水木の浜あたりを通りかかった時、近くの吉田神社に白馬を一頭奉納して行きました。

その馬は真っ白で毛並みもよく、まさに神馬*4にふさわしい姿をしておりましたが、実はとんでもない暴れ馬だったのです。
何度も柵を壊しては逃げだし、付近の畑の作物を荒らすので、村人は皆困り果てておりました。その上、とうとうけが人まで出る始末に・・・。

そのような事態になっては、たとえ神馬とはいえ、放っておくわけにはいきません。村人たちは話し合いの末に、白馬を殺してしまいました。この時から、白馬を撃ちとめた台地を「駒打ち原」と呼ぶようになりました。

ところが、それからしばらくして、今度は白馬の悪霊*5が村人たちを悩ませるようになったのです。
村人たちが相談の上、白馬の霊を鎮めるための慰霊祭を行うと、やっと村に平穏な日々が戻ってきたということです。

日立市には、この他にも義家にまつわる話がいくつかあります。旭町、会瀬町には、飲み水に困った義家が矢の先で地面を突いたところ清水が湧きだしたという「八幡清水伝説」。東町の宮田川河口の小さな島(岩)は義家が休憩した時に笠を忘れた所なので「笠置島」の名がついたという話のほか、折笠町の義家の馬の「爪跡石」、川尻町の小貝ヶ浜の義家馬の足跡などの言い伝えが残されています。



 


 

 

*1 源義家
(1039~1106年)源頼義の長男。前九年の役・後三年の役を鎮め、東国に源氏勢力の基礎を築いた。
*2 役
戦争。たたかい。
*3 奥州
陸奥(むつ)の国の別称。現在の青森・岩手・宮城・福島の4県と秋田の一部。
*4 神馬
神社に奉納された馬。神霊の乗り物として神聖視されている馬
*5 悪霊
人にたたりをする死人の魂。もののけ。

 
参考資料
「日立の伝説」・「日立の伝説 続」(柴田勇一郎著)
「茨城の史跡と伝説」(茨城新聞社編)
「常陸の伝説」(藤田稔著)