ふるさとの昔ばなしシリーズ 常陸太田市

真弓山の白い石

真弓山は常陸太田市の北東部、真弓町にある標高約二八〇メートルの山で、山頂に真弓神社があります。

むかし、奥州*1征伐に向かう源頼義・義家*2父子が、この山にしばらく籠もり、戦勝祈願をしたことから「陣ケ峰」と呼ばれ、またこの時、朱塗りの弓を奉納したので「真弓山」の名が付いたともいわれています。

この山から産出する質の良い大理石は、「真弓の大理石」・「水戸の寒水石*3」と呼ばれ、かつて水戸藩領の特産物でした。水戸の偕楽園の吐玉泉井筒*4にも使われていることでも知られています。

寒水石の名はこの時義家が行ったことに由来しているという説があります。当時、十四歳だった義家は出陣に際し、十五歳のほうが勝運があるといわれたため、急遽六月一日を元日として年越し*5の祝いをすることにしました。

ところがその祝いの最中、突然、季節はずれの雪が降り始めたのです。頼義・義家父子は、「これは吉兆*6、我々の勝利は疑いなし。」と決戦前の兵士たちを励まし、奮い立たせて奥州へと向かったのです。兵士たち騎乗の馬も勢いづき、降り積もる雪を蹴立てて山を下りていきました。この時、馬が踏み固めた雪が大理石に変わり、寒水石と呼ばれるようになったといわれています。

また、雪の中で一心不乱に戦勝を祈願した義家が座っていたその所が白い石、寒水石と化したともいわれています。

真弓山の寒水石については次のような言い伝えも残っています。

むかし、真弓山に棲む天狗はこの美しい白い石が大好きで、山から石を持ち去る者がいると必ず仕返しをされるといわれておりました。ところが、大胆にも天狗の目を盗み、石を掘りだして家に持ち帰ってしまった男がいたのです。すると、その夜のこと、家の屋根の上で大きな音がしはじめました。ドスン、ドスン、バタン・・・・・何者かが屋根を踏みつけたり叩いたりする音が一晩中続きました。  (やはりあのうわさは本当だったのか・・・天狗さま、お許しください。) 恐ろしさと後悔で一睡もできなかった男は夜が明けるとすぐに山に石を返しに行ったということです。



 
*1 奥州
陸奥(むつ)の国の別称。現在の青森・岩手・宮城・福島の4県と秋田県の一部。
*2 源頼義
(1039~1106年)源頼義の長男。平安後期の武将、八幡太郎義家の名で知られている。前九年の役・後三年の役を鎮め、東国に源氏勢力の基礎を築いた。
*3 寒水石
茨城県北部、多賀山地に産する大理石の石材名。白色石灰石の総称。
*4 井筒
井戸の地上の部分に木や石で造った囲い。
*5 年越し
その年が過ぎて新しい年を迎えること。大晦日(または節分)の夜。 ※年越しに「年取り」の儀式を行った。
*6 吉兆
よいことが起こる前ぶれ。幸運のきざし。
 

参考資料
「常陸太田市史 民俗編」(常陸太田市)
「茨城の伝説」(今瀬文也・武田静澄共著)
「茨城の史跡と伝説」(茨城新聞社編)
「角川日本地名大辞典 茨城県」(角川書店)
「茨城の史跡と天念記念物」(山崎睦男・高根信和共著)