ふるさとの昔ばなしシリーズ 猿島郡境町

おいてけ沼

 むかし、百戸(猿島郡境町)という所に利根川の氾濫によってできた小さな沼がありました。沼のまわりには葦*1がうっそうと生い茂り、周囲には人家も少なく寂しい所でした。

この沼には魚がたくさんいて、時折、魚を釣りに来る人がおりましたが、いつの頃からか不思議なことが起こるようになりました。
仲間何人かと一緒のときや明るいうちは何ごともないのですが、一人で行って夕闇が迫るのも気づかずに魚釣りをしていると、帰り際にどこからともなく、「おいてけー、おいてけー。」という声が聞こえてくるのです。

それはあたかも沼の底から響いてくるような不気味な声でした。釣り人は恐ろしさで震え上がり、一目散に家に逃げ帰るのが常でした。そして、家に着いてホッと一息つき、釣った魚を取り出そうとびく*2の中をのぞいてみると中は空っぽなのです。

このようなことが何度も続き、村中にその話が広まると、好奇心の強い若者たちが沼に網を掛けてその声の正体を暴き*3だそうと言いだしたのです。

村の長老たちは、沼に棲むものが何であるかわからないし、たとえ暴いてみたところで罰が当たるだろうからやめるよう忠告しましたが、若者たちは聞き入れませんでした。

ある夏の暑い日、二人の若者が朝から晩まで泥だらけになり、沼中に何度も網を打ちました。ところが、その日に限って網には魚一匹かからなかったのです。

この話を聞いた村人たちが、もうあの沼から魚が消えてしまったのではないかと心配になり、試しに釣り糸を垂れてみると、相変わらずたくさんの魚が釣れるではありませんか。

でも、網打ちをした日から二人の若者ばかりかその家族には、一匹の魚も釣れなくなってしまったのです。やがて若者たちは、それは面白半分に沼の主*4の正体を暴こうとした報いであったことに気付き、心から沼の主に謝りました。

それ以来、この沼は「おいてけ沼」と呼ばれるようになったのだそうです。
現在は埋め立てられて水田となっているようです。





 
*1 葦(あし)
イネ科の多年草。水辺に群生し、形はススキに似る。茎はすだれ等の材料。
*2 びく
捕った魚を入れておく器。竹で編んだものや、ネット状のものをいう。
*3 暴く
他人の隠そうとする秘密などを探り出して公表する。暴露する。
*4 主
山または河などに古くからすんで霊力があるといわれる動物。


参考資料
「さしまの民俗」 (木塚治雄著)
「母が子に語る境の民話」(境町文化協会境読書会編)