SERIES連載記事

よき沼(水戸市)

 水戸市岩根町根本に「よき沼」という沼がありました。

 昭和の初め頃までは満々と水をたたえ、小舟で漁をするほど広く、夏には一面に蓮の花が咲く美しい沼でした。それが、那珂川の増水のたびに土砂で埋まり、今は水の涸れたくぼ地にヨシやススキが生い茂っているだけです。

  むかし、この沼の近くにたいそうまじめで正直な若者が住んでおりました。若者の仕事はきこり*1でした。ある日、若者はこの沼の上の急な斜面で木を伐っておりましたが、誤って大切な斧*2を沼に落としてしまったのです。

 (しまった!あの斧がなくては明日から仕事ができない。) 

 でも、若者には新しい斧を買うお金はありませんでした。

 若者は沼に飛び込み、斧の落ちたあたりにもぐって斧を探し始めました。

 ところが、沼は思ったよりも深く、簡単には見つかりませんでした。それでも必死になって探し続けていると、突然、若者の前に美しいお姫さまがあらわれたのです。そして、「あなたの探しているのはこの斧ですか。」と見事な金の斧をさしだしたのです。

 「いいえ、私の斧はそんな立派な斧ではありません。使い古しの鉄の斧です。」と若者は答えました。

 すると、お姫さまはたいへん感心し、「あなたは何て正直な方なのでしょう。この金の斧もさしあげましょう。あなたの落とした斧と一緒にお持ち帰りなさい。」というのです。若者は自分の斧だけでいいですからと何度も辞退したのですが、お姫さまに強くすすめられ、金の斧ももらって帰りました。

  それからも若者はまじめに働き、やがて運にも恵まれ、長者*3となって幸せに暮らしたということです。

 土地の人たちは斧のことを「よき*4」と言っていたので、そののち、この沼は「よき沼」と呼ばれるようになったのだそうです。

*1 きこり(樵)

山林の木を伐ること。また、それを職業とする人。
*2 斧(おの)
木を伐りまたは割るのに用いる道具。くさび形の堅牢な鉄の刃に堅い木の柄をつけたもの。よき。
*3 長者
大金持ち。富豪。
*4 よき
斧の小形のもの。

参考資料

「岩根今昔ものがたり」(小圷正著)
「市制百年記念 飯富郷土誌」(市制百年記念飯富実行委員会発行)
「水戸の民話」・「広報 みと」民話を訪ねて(藤田稔著)
「水戸の石仏」(海野庄一著)

CONTACT