ただでもらった石臼(常総市)
むかし、崎房村(現在の常総市崎房)に、重左衛門というたいそう働き者の男がおりました。ただ、人一倍けちで強情なことでも知られていました。
重左衛門は、長いこと寝る間も食べるものも惜しんで働いてきたため、けっこう小金がたまりました。そして、ふところ具合も良くなってきたので、念願であった日光東照宮への参詣を果たそうと考えるようになりました。
重左衛門は、長いこと寝る間も食べるものも惜しんで働いてきたため、けっこう小金がたまりました。そして、ふところ具合も良くなってきたので、念願であった日光東照宮への参詣を果たそうと考えるようになりました。
師走*1のある日、重左衛門はわらじ*2とにぎり飯を用意すると、てくてくと日光をめざして歩き出したのです。野山をいくつも越え、ぶじに日光東照宮への参詣を済ませ、見物も終えて大満足をしての帰り道のことです。
今市に入ると大きな石屋がありました。重左衛門はそこで足を止め、職人の石臼*3づくりに見とれておりました。
「正月も近いし、帰ったら蕎麦やうどん用の粉ひきもしなきゃならないな。それにしても、この目立ては見事なもんだ。」と感心していると、奥から石屋の主人が出てきたのです。
「ありがとうございます。そんなに気に入っていただいたのなら一組差し上げましょう。ただし、家まで休まずに背負って行けるならですよ。」というのです。
ただでもらえるならと重左衛門は大喜び。早速、上玉と下玉一組の石臼を荒縄で背中にくくりつけると、礼を言って石屋を後にしました。これには、主人もびっくり。まさかあの重い石臼を、本当に背負って行くとは思ってもみなかったのです。
主人は職人たちを呼ぶと、「あの男の後をつけるんだ。もし石臼を背中から下ろしてちょっとでも休んだら、約束が違うと言って取り返して来い。」と言いつけたのです。
職人たちは、こっそりと重左衛門の後をつけましたが、休む様子などまったくありません。そのうち、雪が降り出し、吹雪に変わっても重左衛門の歩みは変わらないのです。職人たちはとうとうその我慢強さに根負けし、後をつけるのをあきらめて引き返しました。
それ以来、村人たちは二十里(約八十キロメートル)近い道のりを十貫(約三十七・五キログラム)もある上玉と下玉一組の石臼を背負って歩き通した重左衛門を「我慢重左衛門」と呼ぶようになったということです。
*1 師走(しわす)- 陰暦12月の異称。太陽暦の12月の意にも用いる。
- *2 わらじ
- わらで足型に編み、2本の藁緒で足に結びつけるように作った履物。近代以前には旅行用に用いられた。
- *3 石臼
- 石で作った臼。
参考資料- 「石下町の昔ばなし」(渡辺義雄著)
