SERIES連載記事

めつぶれ観音(城里町)

むかし、徳一大師*1というお坊さんが、仏さまの教えを説くために東国各地をまわっておりました。

ある秋の夕暮れ、お坊さんは孫根(現在の城里町孫根)までやって来ました。そこで大きな岩壁を見つけて足を止め、しばらく壁面をじっと見つめておりました。

お坊さんはこの岩壁に観音*2像を刻み、困ったり苦しんだりしている人々を救おうと思いついたのです。

そして、「一番鶏*3が鳴くまでに完成させますから、私の願いをかなえてください。」と願をかけるとすぐに、ノミ*4と槌*5で観音像を彫りはじめました。

日が暮れると、澄み切った天空に大きな秋の月がのぼり、その光がお坊さんの手元を明るく照らしてくれました。

お坊さんは、お経を唱えながら一心不乱*6に彫り続けたのです。

夜明け間近になると、岩壁には見事な観音さまのお姿があらわれました。

すると、お坊さんはノミと槌を小さなものに換え、観音さまのお顔に眼を入れはじめました。

一つの眼ができあがり、もう片方の眼にとりかかろうとしたその時です。一番鶏が鳴いて夜明けを告げたのです。

「夜明け前に開眼*7供養をしようとしたのに果たせなかったのは、私の修行がまだまだ足りないということだ。」と独りつぶやきながら、お坊さんは何処かへ立ち去ってしまいました。

その後、未完のこの観音像は、村人たちから「めつぶれ観音」あるいは「目なし観音」といわれるようになったのだそうです。

城里町孫根地区の観世音という字名のところに小さな古びたお堂が建っています。

お堂の後ろのがけに四角い穴が掘られ、奥の岩壁に等身大の十一面観世音像が浮き彫りにされています。それが城里町指定文化財「壁面観世音像」です。

*1 徳一大師

平安時代初期の法相宗の学僧。奈良で学び、故あって東国に送られ、筑波に中禅寺(現 筑波神社)、会津(福島県)に慧日寺を開く。
*2 観音
観世音菩薩の略。大慈大悲(楽を与えるを慈、苦を抜くを悲という)の徳で衆生(いのちあるもの)を救う菩薩。
*3 一番鶏
夜明け方、最初に鳴くニワトリ。
*4 ノミ(鑿)
木材や石材に穴をあけたり溝を彫ったりするのに用いる工具。
*5 槌
物を打ちたたく工具。頭は金属製または木製の円柱形で、これに柄をさしたもの。
*6 一心不乱
一つの事に心を注いで他の事のために乱れないこと。
*7 開眼
新たにできた仏像・仏画像などに眼を描き入れ、仏の魂を迎え入れること。

参考資料

「桂村郷土誌」(桂村教育委員会)
「茨城の伝説」(今瀬文也・武田静澄共著)
「茨城県 ふるさとの散歩道」(監修/茨城県商工労働部観光物産課・茨城県観光協会

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