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コグロ淵と鞍掛石(高萩市)

高萩市の南部を流れる花貫川の上流域、花貫渓谷に不動滝があります。

かつて、不動滝あたりは今に比べ、かなりの水量があり、コグロ淵と呼ばれておりました。

むかし、近くに住む樫村七郎衛門という人がコグロ淵に魚を釣りにやって来ました。

その日は面白いように釣れたので、のんびりとタバコを吸って休んでいると、滝から一匹のクモが出てきて七郎衛門の足の親指に糸をかけ、滝壺*1へともどっていくのです。

それを何度も繰り返すので、いやな予感がした七郎衛門はその糸をそっと外し、そばの大きな木の切り株にかけ替えて様子を見ていました。

すると突然、その切り株がズズッ、ズズズッーと引きずられ、深い淵の底に消えていったのです。そして、滝壺の底から不気味な笑い声が聞こえてきたのです。腰を抜かさんばかりに驚いた七郎衛門は、一目散に逃げ帰ったということです。

そのコグロ淵から百メートルほど下流に、以前、鞍掛石と呼ばれる大きな石がありました。この石の名にまつわる話として次の様な伝えが残されています。

むかし、不動滝には主*2がいて、馬のようなものに乗って森の中を自由に走り回っているのだといわれておりました。というのも、その姿はふつうの人の目には見えなかったからです。

ある日、主は水で濡らしてしまったお気に入りの鞍*3を大きな石の上に掛けて干し、昼寝をしておりました。

ちょうどその時、魚売りの男が通りかかりました。この男には、なぜかその鞍だけははっきり見えたのでした。まわりに誰もいないのをこれ幸いに、男はその鞍を背負って家へ持ち帰ってしまいました。

やがて目を覚ました主は鞍が持ち去られたことに気づき、「おーい、鞍を返せ、鞍を返せ。」と叫んで男の後を追ったのですが、男にはその声が届かなかったようでした。

それからしばらくして、男は原因不明の病にかかり寝込んでしまいました。

心配した家族が、祈祷師*4に拝んでもらうと、「この家に立派な鞍があるはずだ。それは滝の主のものである。病はその鞍のたたりにちがいない。」というのです。

お告げにしたがって鞍を元のところに戻すと、男の病気はたちまち治り、元気になったということです。

 

*1 滝壺
滝が落ち込んで深い淵となったところ。
*2 主
山・沼・森などに古くからすんで霊力があるといわれる大きな動物。
*3 鞍
馬・牛の背に置いて、人や荷を乗せる器具。
*4 祈祷師
祈祷を行う神官・僧侶。

 

参考資料
「高萩の昔話と伝説」(高萩市教育委員会)
「高萩の歴史散歩 平成の松岡地理誌」(高萩市郷土史研究会)
「高萩市史 下巻」(高萩市)
「常陽藝文 1995/10月号」(財団法人常陽藝文センター)

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